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- Week End Fly to Sun - 2nd

随分、ひさしぶりに
続きを書こうと思う

このブログ自身かなり前から更新してない・・

最後の記事は2015年11月9日だから

ほぼ2年ぶりの更新になる。

この話は自分の思い出の切り売りである

面白いかと言うよりは自分の老いに購うための補助記憶といったほうがいいのだろうか?
話は数回の練習をこなしてからという時系列になる

オレと同じくこの楽器屋には多くの常連と呼ばれる人達が訪れる。

その多くは、楽器屋本来のお客さんが多かった
PA業の傍らパソコンのサポートやパソコンの販売をやっていた関係で
オレはここに通うようになっていたのだが

とにかく

田舎と言うところは、本当に行くところが無い
特に若者にとってこの街はその感性を刺激してくれると言う
一点において惨い環境だったのだ

昭和から平成に入って数年経ったその時代も
やはり都会にあるような当たり前の環境は
田舎では最先端でありマックはおろか
コンビニもほぼなくオレの実家である
そのコンビニは遠くは30分以上掛けて
夜中に店を徘徊するナイトクーローラー達が
集まる云わば夜の井戸端会議場であった。

当時はこのあたり唯一の大きな工場であった
NK電子機器は飛ぶ鳥を落とす勢いがあり
バブル経済ともあいまって周辺の市町村からも
オレが住むこの街に働きに来る人が多かった

ビデオが全盛期レンタルビデオ店では今では考えられない
金額で2泊3日で2000円、入会金はなんと5000円の時代である

この時代は本当にコンビニは美味しかったであろう
そんな時代に突如現れたバンドブーム

テレビはまだ4局放送でウチ2局はNHK
バンドブームの中核を成す番組「いか天」ブームの余勢を買って
そのブームは数年遅れでウチの田舎にも遅めの春がやってきていた

そんな時代だった

高校は工業高校だったがご他聞に漏れず
オレも都会に夢を抱く若者に成ってた

脇目もふらずとにかくパソコンがやりたい
当時はまだまだ、愛媛では専門学校も少なく
その実績もあまりなかったこともあり

母親の実家である京都に進学することに決めた

初めてする一人暮らし
母の実家で下宿することになって数週間
突然やってくる・・・・

5月病

マジで辛かった

当時のオレはといえば外に友達を作ることに
かなりの抵抗を感じていた

というのも言葉の壁である
方言はなかなかどうして人を隔てる作用がある
特にオレの様な意識で友達を作ろうとするなら
それは、負の方に作用する

関西のお笑いのツボは独特である
商業のお笑いは噛み砕いて判りやすいものになっているが
とにかく、「間」が重要で
その独特の「間」に慣れるまでかなりの時間を要することに成る

話がかなり外れてしまったので
メインのほうに話を戻そう

とりあえず
ヤマさんにいわれるがまま課題曲を決め
当面の目標をライブに出るということに決めたものの
PAの関係と楽曲の問題で
とにかく、Gtを新しく入れようという事になった。

目ぼしいGtといえば・・・・

と考えてやはり、当時の常連であり
オレの先輩でもあった矢達さんに頼もうと言う事になった

オレと同じく松山からよくこの楽器屋に通う常連であり
オレをこの楽器屋に紹介した本人でもあった

とにかく最小単位での構成を確保するため
腕云々よりも、とにかく
時間が合って引っ張ってくれる人が必要だった

とりあえず、当時オレより先に練習を始めていた
松村君と亜紀の課題曲であった「You realy got me」で

矢達さんを呼んで練習することにし

週末にその楽器屋に集合することにした

当時のオレは松山のオフィス系のソフト会社で
プログラマーをやっていた

小さな会社をメインの顧客に持ち
多くのユーザーは近圏の小さなシステムが殆どだった
Windowsはちょうど3.1が出たところくらいだったろうか?
まだまだ、MS-DOSが幅を利かせ
いまでいうWindowsはハードで言うところのDOS-VやらPC/AT互換機と
いう言い方その業界で言われていた頃である

プログラマーの仕事はなかなか大変である
営業さんが取ってきた仕事にたいして
その仕様書を書きどこをどういう風にすれば効率化できるか?
効率的にするためにはマスタはどうで日々の日報処理をどのタイミングで
どのようにこなせばよいか

そして、その頃マストになってきていたリアルタイムと言う考え方
日々の日報を入力すれば月末にその月の営業成績や経費その他の
売り掛けがどうで販売動向がと操作する方は簡単になっていく反面
作る方はドンドン難解になっていっていたときであった
COBOLと言う言語は事務計算用といってよい言語とされていたが
Windoowsの発展と共に衰退していった。

スタンドアローンでシステムを運用する事が少なくなったというのが主な原因だと思うが
言語自体が通信系の命令に弱かったからと言うのもあったとおもう

日々プログムを組み3年・・
漸くなんとかSEと呼べるものになりそうな
そんな時期だった

週末はとにかく松山に友達も少なかったのもあり毎週帰っていた

海岸沿いの国道は夕方になると
水平線と瀬戸内海に浮かぶ島々の間を勇壮に太陽が沈む
当に絶景で
よくその道を大声で唄いながら帰ったものだ

唄っていると目の前に沈む太陽は自分のなかのゴールに
向かって進む真っ直ぐな道にも見えた

そう、鳥のが空を飛びそのゴールへと飛ぶような・・・
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趣味:FFXI、映画鑑賞、音楽、
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一応スノボーも出来る
ウェイクボードも立てる
プラモも作るなどなど
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